米 満 賢 治(助教授)
A -1)専門領域:物性理論
A -2)研究課題:
a) 光誘起イオン性中性相転移における電荷格子複合ダイナミクスと閾値挙動 b)中性イオン性相転移における電荷移動揺らぎと格子不安定性
c) 励起スペクトルに現れる次元クロスオーバー:ドーピング効果と鎖間重なり効果 d)πd複合電子系の整合性による電荷移動ブロックと整合非整合転移
e) ハロゲン架橋複核金属錯体の電子相変化機構と光学的励起状態 f) θ型擬2次元有機導体の電荷整列に対する格子効果
g)銅酸化物高温超伝導体低エネルギー励起のゲージ構造と渦糸 h)パイロクロア型伝導体における重い電子挙動
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 光誘起相転移を示す代表的な遍歴電子系として,T T F -C A などの交互積層型電荷移動錯体がある。近年,平衡熱力学 的な相転移では現れない特徴として,光励起強度の閾値挙動や光励起後ある時間たってから変化がおきる孵化時間 挙動などが注目を集めている。光誘起相転移におけるドミノ倒し効果など動力学的な研究はこれまで局在電子系に 限られており,多電子系の協力効果が不明であった。一方,遍歴電子系におけるこれまでの光誘起相転移理論は断熱 ポテンシャルに基づいており,近年明らかになった電荷格子複合ダイナミクスを記述することができなかった。そ こで,伝導性や磁性など平衡状態の多電子系を記述するのと同じ遍歴電子モデルを使って,光励起直後のダイナミ クスを断熱近似に頼らずに時間依存量子発展方程式を解いて調べた。光励起直後は準安定領域の複雑な競合が起き ていて,閾値以下で安定相に戻ることや閾値以上で孵化時間に寄与することがわかり,単純なドミノ倒し描像とは 違う結果が得られた。さらに中性イオン性相境界の巨視的かつ集団的な運動が再現された。
b)中性イオン性相転移は基本的にドナー準位とアクセプター準位の差と電子間斥力の競合により起こることが知ら れている。相境界近傍ではスピン揺らぎのためにイオン性相が安定化することや,スピンパイエルス不安定性のた めに格子が二量化することがわかっていた。多くの系では降温や加圧で準位差が実質的に小さくなりイオン性相が 相対的に安定化する。これとは逆に中性相が安定化する可能性を調べた。降温や加圧ではドナーとアクセプターの 軌道重なりが増え,電荷移動揺らぎが大きくなる。摂動論的に考えると中性相がより安定化することが示される。そ こで,量子臨界点近傍の1次元電子状態を正確に求められる,有限温度密度行列繰り込み群を準位交替拡張ハバー ドモデルに適用した。確かに軌道重なりの増大による電荷移動揺らぎが,中性相をより安定化することがわかった。 さらに,スピン揺らぎによるイオン性相安定化と電荷移動揺らぎによる中性相安定化は,量子的に起こるだけでは なく熱的にも起こることが示された。さらに相境界近傍では中性相においても二量化することがわかった。 c) 擬1次元有機導体では,転移温度以上で電子運動の次元が1から3まで連続的に変化することが知られている。光
学伝導度のスペクトルにおいても次元クロスオーバーが観測されていて,理論的には摂動論的繰り込み群で説明す ることができなくなった。そこで,有限温度密度行列繰り込み群で得られる虚数時間依存局所相関関数を実エネル ギーに解析接続することにより,2本足梯子上のスピンレスフェルミオン系の電荷移動励起スペクトルを求めた。
ハーフフィリングでは整合性効果でウムクラップ散乱が起こり,斥力が強ければ電荷整列によるギャップが生じる。 低エネルギーでフェルミオンの移動はソリトンの併進運動として現れ,鎖に沿って集団的に生じる。しかし,鎖に垂 直なフェルミオンの移動は個別的にしか起こらない。鎖内相関が強くなると,フェルミオンの運動は鎖内に制限さ れるために鎖間スペクトルが大きく変化する。鎖間軌道重なりが強くなると電荷整列相関が弱くなって鎖に沿った 運動が促進され,鎖内スペクトルが大きく変化する。ドーピングはウムクラップ散乱を弱めて鎖間のフェルミオン 移動を容易にするので,軌道重なり効果と類似することがわかった。
d)πd複合電子系の(D C NQI)2C uでは,電子格子相互作用によるバンド折りたたみのパイエルス効果と電子間斥力によ る局在のモット効果が協力して起こることがわかっている。3倍周期の格子歪みにより,非結合πバンドはパイエ ルスギャップを持ち,πd混成バンドが実質的にハーフフィリングになって,モット絶縁相と同等になるというのが 単純な説明である。しかしこの説明では,圧力をかけるとd軌道の準位が上がり,正孔がd軌道に流入し,非結合πバ ンドもπd混成バンドもフィリングが変化して絶縁相が不安定になる。実験ではこの相が広い圧力域で観測されて おり,特殊なフィリングでのみ起こる整合性効果がフィリングを強く固定するためであることが予想されていた。 これまでの厳密対角化による数値計算は少数電子系に限られて安定性を議論できなかったので,密度行列繰り込み 群で多電子系の基底状態を求めた。確かに整合性効果によりπ軌道とd軌道間の電子移動が実質的にブロックされ て上記絶縁相が安定なことと,さらに圧力をかけると非整合相が現れることが再現できた。
e) ハロゲン架橋複核金属錯体の配位子がpop,金属が Pt,ハロゲンが Iのときに現れる多様な格子変位を伴う電荷整列 状態を,これまで1次元拡張パイエルスハバードモデルを使って,強結合極限からの摂動論と厳密対角化により示 してきた。複核間の距離が短いときに現れる電荷密度波相と長いときに現れる電荷分極相は,電子格子と電子間の 相互作用の競合でも長距離相互作用と短距離相互作用の競合でも説明された。光学的な励起エネルギーの大小関係 と電子相変化を矛盾なく説明できた。最新の実験では対イオン置換による電子相変化だけでなく,圧力誘起相転移 と温度誘起相転移も観測されて,この描像と矛盾しないことがわかった。さらに光誘起で電荷密度波相から電荷分 極相へは転移するが,逆へは熱的にしか起こらないことが実験でわかり,理論的に説明された光学励起状態と矛盾 しないことが新たにわかった。
f) 擬2次元有機導体のθ-(B E D T -T T F )2X では,長距離斥力により常磁性的な電荷整列相が現れることが知られている。 しかし光学伝導度には,長距離斥力が強いときに特徴的な励起子効果がみえておらず,電子格子相互作用などの付 加的な相互作用が効いていることが示唆されていた。長距離斥力と電子格子相互作用の協力による常磁性的な電荷 整列を理論的に調べるために,電荷整列に必要な長距離斥力の強さを格子変形が起きたときと起きないときとで求 めた。強結合極限からの摂動論により,実験で観測されている格子変形の場合には,格子変形が電荷整列を起きやす くしていることが示された。さらに数値的厳密対角化でも,長距離斥力による電荷整列が格子変形に助けられるこ とが再現された。
g)高温超伝導体アンダードープ域を「ドープされたスピン液体」と見なす場合,局所SU(2)ゲージ対称性を持つゼロドー プの系では,スピノンのd波ペアリング状態とフラックス状態がゲージ等価な平均場基底状態となる。微小ドープ
(ホロンの導入)によってSU(2)ゲージ対称性が破れると,d波超伝導状態が基底状態として選ばれ,フラックス状態 は励起スペクトル中へ押しやられる。この場合,励起スペクトルがSU(2)ゲージ構造を持つことになる。そこで,この アイデアを実験的に検証する方法を追求した。その結果,超伝導状態に渦糸を導入してコア内部でフラックス相を
h)d電子系であるL iV2O4において,重い準粒子発現を特徴付けるエネルギースケールの起源は現在のところ明らかで ない。この問題に関して,低温まで残留するスピン自由度の顕著な幾何学的フラストレーションが,電荷自由度に及 ぼし得る影響を検討している。
B -1) 学術論文
J. KISHINE, “Quantum Phase Transitions and Collapse of the Mott Gap in the d=1+ε Dimensional Hubbard Model with 2kF
Umklapp Scattering,” Phys. Rev. B 62, 2377 (2000).
J. KISHINE, P. A. LEE and X. -G. WEN, “Staggered Local Density of States around the Vortex in Underdoped Cuprates,” Phys. Rev. Lett. 86, 5365 (2001).
M. KUWABARA and K. YONEMITSU, “Ground State Phases and Optical Properties in Extended Peierls-Hubbard Models for Halogen-Bridged Binuclear Metal Complexes,” J. Mater. Chem. 11, 2163 (2001).
X. SUN, R. L. FU, K. YONEMITSU and K. NASU, “Photoinduced Phenomenon in Polymers,” Phys. Rev. A 64, 032504 (2001).
B -2) 国際会議のプロシーディングス
J. KISHINE, N. FURUKAWA and K. YONEMITSU, “Two-Loop Renormalization of the Quasiparticle Weight in Two- Dimensional Electron Systems,” Int. J. Mod. Phys. B 15, 1381 (2001).
K. YONEMITSU and J. KISHINE, “Charge Gap and Dimensional Crossovers in Quasi-One-Dimensional Organic Conductors,” J. Phys. Chem. Solids 62, 99 (2001).
J. KISHINE, “One-Band and Two-Band Hubbard Model in d=1+ε Dimensions: Dimensionality Effects on the Charge Gap and Spin Gap Phases,” J. Phys. Chem. Solids 62, 369 (2001).
M. MORI and K. YONEMITSU, “Anisotropic Collective Excitations around Various Charge Ordering States,” J. Phys. Chem. Solids 62, 409 (2001).
M. KUWABARA and K. YONEMITSU, “Charge Ordering and Lattice Modulation in MMX Chains,” J. Phys. Chem. Solids 62, 435 (2001).
Y. SHIMOI, M. KUWABARA and S. ABE, “Highly Doped Nondegenerate Conjugated Polymers—a Theory using the DMRG Method,” Synth. Met. 119, 213 (2001).
K. YONEMITSU, “Intra- and Inter-Chain Dynamic Response Functions in Quasi-One-Dimensional Conductors,” Synth. Met. 120, 845 (2001).
M. MORI and K. YONEMITSU, “Stability and Cation Dependence of Magnetic Orders in (EtnMe4-nZ)[Pd(dmit)2]2,” Synth. Met. 120, 945 (2001).
M. KUWABARA and K. YONEMITSU, “Charge Excitations in an Alternate Charge Polarization Phase of a One-Dimensional Two-Band Extended Peierls-Hubbard Model for MMX Chains,” Synth. Met. 120, 947 (2001).
M. KUWABARA and K. YONEMITSU, “Charge Ordering and Optical Conductivity of MMX Chains,” Physics in Local Lattice Distortions, H. Oyanagi and A. Bianconi, Eds., American Institute of Physics; 465 (2001).
B -4) 招待講演
K. YONEMITSU, “Mechanisms and Optical Properties of Various Charge Ordered Phases in Linear π(p)-d Electron Systems,” NEDO Workshop on Intelligent Charge Transfer Materials, Ishikawa (Japan), March 2001.
米満賢治 , 「ハロゲン架橋複核金属錯体(MMX )における電荷整列と光応答」, 日本物理学会第 56回年次大会領域 5, 領 域 7合同シンポジウム「低次元金属錯体の多彩な電子相と光物性」, 中央大学多摩キャンパス, 2001年 3 月 .
岸根順一郎 , 「銅酸化物高温超伝導体低ドープ域ボルテックス周りで S U( 2) ゲージ構造を探る」, 東京大学工学部物理工 学科力学教室セミナー, 東京 , 2001 年 6 月 .
岸根順一郎 , 「銅酸化物高温超伝導体低ドープ域ボルテックス周りで S U( 2) ゲージ構造を探る」, 東京大学物性研究所理 論セミナー, 柏 , 2001 年 6 月 .
J. KISHINE, “Signature of the Staggered Flux State around a Superconducting Vortex,” Workshop on Defects in Correlated Electron Systems, Dresden (Germany), July 2001.
K. YONEMITSU, “Correlation-Induced Dimensional Crossovers of Charge-Transfer Excitations in Quasi-One-Dimensional Organic Conductors,” 56th Yamada Conference “The Fourth International Symposium on Crystalline Organic Metals, Superconductors and Ferromagnets,” Hokkaido (Japan), September 2001.
K. YONEMITSU, M. KUWABARA and N. MIYASHITA, “Variation Mechanisms of Ground-State and Optical Excitation Properties in Quasi-One-Dimensional Two-Band Electron Systems,” International Symposium on Cooperative Phenomena of Assembled Metal Complexes, Osaka (Japan), November 2001.
K. YONEMITSU, “Correlation and Lattice Effects on Charge Ordering and Dynamics in Quasi-One-Dimensional π and p-d Electron Systems,” 7th China-Japan Joint Symposium on Conduction and Photoconduction in Organic Solids and Related Phenomena, Guangzhou (China), November 2001.
米満賢治, 「低次元金属錯体で競合する相互作用、有限温度相図、励起ダイナミクス」, 集積型金属錯体平成13年度公開 シンポジウム, 仙台 , 2001年 12月 .
B -6) 学会および社会的活動 学協会役員、委員
日本物理学会名古屋支部委員 (1996-97, 98-2000). 日本物理学会第 56期代議員 (2000-01).
学会誌編集委員
日本物理学会誌 , 編集委員 (1998-99).
C ) 研究活動の課題と展望
有機導体や金属錯体には異なる軌道の電子や格子振動モードがあり,プレーヤーが多く,舞台も様々で,現れる電子状態も 多様性に富んでいる。理論的には電子相関の扱いが特に低次元電子系で注意を要するが,基底状態に関して言えば,か なりの現象が整理できたように思う。しかし量子多体系の励起状態は未開拓の分野である。ひとつは量子臨界点近傍の励 起スペクトルで,研究が盛んなところでもある。ほかに分子性物質においてよく観測されるにもかかわらず,研究が進んでい
配的で量子性も熱浴に乱されてしまう。その中間には量子多体問題特有の競合問題や非線型問題が様々なスケールで現 れている。ダイナミクスを理論的に記述するのにこれまでは古典変数と確率論に基づくことが多かった。しかし電子物性理 論は新たな視点を与え,複雑な現象がより少ないパラメタで記述されることもある。これは多体問題が本質的な非線形問題 であるからである。さらにこれは量子統計力学的な研究が,微視的な詳細を追う少数電子系の量子化学と,巨視的な現象 を普遍的に扱う古典統計力学を,橋渡しする上でも有用なことを意味する。ダイナミックな現象は応用との関連もあり,よく話 題にされる。しかし学術的なことがまだたくさん埋もれており,今後も研究を進める。